2023年12月号(230号)
特集|とことん、極め人。
宇井清太さん(寒河江市)
農家だった父が、花を育てる楽しみを教えてくれた。
きっかけは幼少期にあるという。「生後70日で中耳炎になって、その菌が脳に入ったらしい。それで1回死にかけた。そのあと終戦間際の1944年(昭和19)に、麻疹から肺炎になってそこでも死ぬと言われた」その虚弱な身を案じたご尊父が、宇井清太さんが小学校1年生になると花作りを教えてくれたのだそう。「1946年(昭和21年)、日本がもっとも貧しい時代だよね。親父も農業やってたんだけど、園芸カタログを見ながら振込用紙の書きかたを教えてくれて、花の球根を買った。もちろん蘭なんて高くて買えないよ。蘭はいまでこそ1株3,000円くらいだけど、当時は横山大観の掛け軸一服と同じくらいした。1億円、2億円の世界だよ」
稼業が農業だった宇井少年は上山農業高等学校に入学。1953年(昭和28)当時の日本は蘭は絶滅の危機だった。「戦前は三菱家、三井家、住友家、天皇家などの人たちがイギリスに留学して蘭栽培を研究していたの。それが戦争でダメになった。僕は牧野富太郎先生※の植物図鑑とか遺伝学的にはダーウィンの進化論、品種改良といえばメンデルの法則とかを独学でやって、農業をやるなら品種改良前の野生の植物、育種に目をつけたんです」
※日本の植物学の父と呼ばれる近代植物分類学の権威。NHK連続テレビ小説「らんまん」のモデルとなった。
宇井さんオリジナル・シンビジュームの一例
毎年100種以上の新作を生み出していた宇井さん。1994年と1995年刊行の自費出版の写真集「新花譜・シンビジウム 掬粋蘭花 vol.2〜vol.3」より抜粋。交配育成はもちろん、花の撮影も本人が担当。
MOG94-35 スコープ・スプリング
MOG94-85 アルカディアン・プロムナード
MOG94-301 フラワー・ブリーズ
MOG94-105 メモリー・プロムナード
MOG94-86 ビューティ・プロムナード
MOG94-72 アルカディアン・プロムナード
農業から始まった人生。蘭に夢中になった60年を経て、残りは農業の進化に捧ぐ。
高校卒業後は稼業を受け継ぎ、必死になって資金を貯めたという宇井さん。「適地適産で考えると蘭は多年草植物で、山形県のとくに11月から2月下旬までの曇天、低温、多湿、これが植物作りに一番悪い。でも諦めたくない。蘭は世界中に2万6000の原種があるんだから、逆にその悪い条件を良い環境として進化した蘭がどこかにあるはずだと。それで行き着いたのがヒマラヤのダージリン。そこに咲いている蘭がシンビジュームだったの」
蘭を手にしてから約30年間は世界中から優秀な交配親を収集し、1968年(昭和43)にはシンビジュームのクローン育成に成功。そのおかげで私たちでも1株数千円から蘭を買えるようになった。この功績は大きい。現在は経験と知識を活かし、白トリュフ菌とマツタケ菌を利用した完全無農薬栽培のための技術開発研究を続けている。「2050年の食糧危機に間に合わせる、それが夢」と、確信的に語る。まさに情熱に勝る能力なし。
極め人「宇井清太」解析
きっかけは?
幼少体験から父の薦めもあり花の育種に興味を持つ。植物進化の頂点にある蘭の栽培に対し強い思いを抱き続ける。独学で地植えの蘭栽培を実現した研究から、蘭菌の発見に繋がった。
実績
1962年にたった一人で創業し研究を重ね、1968年にシンビジュームのクローンに成功。また合計1万3,000種を超えるオリジナルシンビジュームの育種を手がけてきた。また、19年間にわたり個人運営で開催した「蘭展」は、東京ドーム2回分の超満員に匹敵する最大10万人余を集客。寒河江市における観光名所のひとつにもなった。しかも、これだけのスケールの蘭展を無料で開催し、作出した全ての品種は門外不出としてオリジナル株のただ1鉢も販売していないことは、世界的にも例がない。
相棒
クローン栽培成功後は品種改良一筋。この蘭棟で現在は完全無農薬栽培のための技術開発研究を続けている。「完全無農薬農業」の根幹といわれる菌根菌の真相解明と、植物の免疫機構の解明に日夜励む宇井さん。近い将来、宇井さんの研究成果が気候変動農業の救世主となって結実することを期待したい。
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