2023年3月号(221号)
特集|鬼さん、こちら
怪談作家 黒木あるじさん ほか
悪者として語られることの多い〈鬼〉。しかし、ただ怖いだけの存在ではないことも。山形にはどんな〈鬼〉が棲むのか、紐解いてみよう。
ちなみに上の写真は、遊佐町吹浦地区の鳥崎に奉納されているアマハゲ面。同地区内の女鹿・滝ノ浦・鳥崎集落に伝わる小正月行事に登場する来訪神「アマハゲ」は、国の重要無形民族文化財に指定されている。
鬼は怖い?それはなぜ? 理由を探してみよう
人知を超えた特別な能力を持ち、体躯は大きく頭には角を生やし、顔中にヒゲを蓄えた風貌。〈鬼〉と聞くと大抵はこんなイメージを抱くのではないだろうか。人間から食べ物や金品を奪い、疫病を撒き散らすなどの悪行を働くも、いつも最後には勇敢な若者や僧侶たちに退治されてしまう。非道な振る舞いは愚かで物悲しいが、その貪欲で傲慢な様に、自らの心の影を重ねてしまいそうになったことはないだろうか。
私たちは幼い頃から昔話や風習、またことわざなどで〈鬼〉を身近に感じてきた。意識してみると地名や人名にも多用されているなど、恐ろしいながらもどこか憎みきれない存在として傍にある。そんな気づきから、山形にいる鬼のこと、その関わりについて触れてみようというのが今回の取材のはじまりだ。
山の奥に棲む鬼は山形と縁深い?
〈鬼〉という異形のものに関しての知識を深めるため、取材に先立って怪談作家の黒木あるじ先生に話を伺ってみた。「東北の人たちはかつて蝦夷(えみし)と呼ばれ、中央とは異なる文化を持っていました。人は自分たちと違うものに恐怖心を抱きます。山の奥に棲む未知なる存在、東北の人々はまさに脅威そのものだったのです。それは〈鬼〉に対する我々の心理とどこか似ていませんか。鬼の棲家ともいわれる〝山〟に囲まれた山形県。鬼とも縁深いと言わざるを得ません」とあるじ先生。
総称としての〈鬼〉、自分の心のなかにも…
スマホを使って簡単に謎が解ける現代とは違い、〈鬼〉に関する解釈は多岐にわたる。悪いもの、恐ろしいものの代名詞として用いられるこの多い〈鬼〉だが、民俗学上では祖霊や怨霊、山岳宗教系では山伏や天狗、仏教系では邪鬼や夜叉、人由来では盗賊や無用者などに分類されたり、また金工師や大陸を渡ってやってきた外国人を指したのでは? とも言われている。このように多様的な見方がある背景から、私たちは〈鬼〉の行動に自らの心を写したり、なんとなく同情したり、既視感を抱いたりするのかもしれない。
日本におけるさまざまな鬼
妖怪:何かわからないもの漠然とした存在
民間伝承や昔話に登場する妖怪として登場する鬼は、その容姿や行動から恐怖を与える存在。得体の知れぬ化け物として描かれる。そのなかには未知の自然現象、未確認生物なども含まれている。
般若:夜叉など人ではなくなった存在
鬼は霊的な存在を指す場合もある。もとは人間であったのに怨念や嫉妬、悲しみといった負の感情にのまれ、人ではなくなったもの。般若が女性の強い情念から生まれたように、悪霊となって災いをもたらす。
仏教:一般的な鬼の見た目は仏教由来によるもの
仏教の世界で語られる六道のなかの「餓鬼道」。そこで生きる者たちは常に飢えに苦しみ、決して満たされない餓鬼。また「地獄道」にいる亡者を拷問する鬼は地獄の獄卒として下級役人の仕事をする。
神:鬼はカミやシコとも読む精霊、守り神としての存在
日本では古来よりあらゆるものに神や精霊が宿ると考えられてきた。そのため山に棲む鬼はその地を守る神として、人を助けるために特殊な能力を使った伝説などが残され、天狗や山伏と混同することも。また神とされる鬼はひとつ目という特徴を持つ。
人間にいちばん身近な怪物〈鬼〉を知れば恐怖がわかる。黒木あるじ先生に訊く“鬼”とは?
鬼は中国語では〈グィ〉と読み、死霊をあらわす言葉でした。この漢字が日本へ伝わる際、おなじく怨霊を指す陰(おぬ)という読みを当てたとされています。亡くなることを「鬼籍に入る」というのは、この名残りなんですね。
やがて時代を経るなかで〈鬼〉は異人や山民、あるいは疫病や災害など〈恐ろしいモノ〉のイメージを取りこんでいきます。キャラクター化することで、見えざる恐怖とコミュニケーションを図ろうとしたのかもしれません。鬼のビジュアルが禍々しいのにどこかユーモラスなのは、異文化をしたたかに取りこみ、災害にもそのつど順応してきた日本人の精神性、いわば「恐ろしい存在とも共存する文化」があらわれているのではないでしょうか。
山形県にも、鬼に因んだ伝承や地名は数多く存在します。写真で紹介している鬼坂峠のほかにも、温泉の名前にもなっている山形市の百目鬼や羽黒山に出現したという麤乱鬼など数も種類も豊富で、鬼の文字を冠している理由もさまざまです。ぜひ機会を見つけて、それぞれのルーツを調べてみてください。きっとあなたの知らない〈山形の鬼〉に出会い、驚くはずです。
gatta! 2023年3月号
特集|鬼さん、こちら。
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