困りごと、揉めごとがあったら、オナカマを頼るという時代があった。

2023年8月号(226号)
特集|山形怪談-ものがたりの現場へ-
オナカマの里(中山町岩谷〜長崎)

山形に伝わる信仰・オナカマ。
その調査を進める男性の庭から奇妙なものが出土して…。
—— 黒木談

オナカマが文化財登録に指定され、慌ただしい生活もようやく一段落したころ。氏の細君が夜ごと魘されるようになった。毎晩おなじ時刻になると顔を歪ませ、苦悶の声を延々と漏らすのである。病院で診てもらったが悪いところは見あたらず、持病の薬を変えてみても効果がない。そうしているあいだも、細君は毎晩のように呻き続けている。

これでは、まるで自分が調査してきた〈オナカマへの相談事〉そのものではないか。氏が悩むなか──転機は唐突に、予想だにしなかった形で訪れる。そのころ烏兎沼邸では、毎日のように庭師が訪れては庭の植木を動かしていた。(中略)その日も庭師はいつもどおり黙々と作業をしていた──のだが。「石の裏には」より

写真中央に写る山田ヨシノさんは、1995年(平成7)まで中山町を拠点に活躍した最後のオナカマ。(写真提供/中山町立歴史民俗資料館)
烏兎沼家の敷地内に現存する「十八夜供養塔」。すぐそばにある御堂は中山町長崎でもっとも古い木造建築物だと言われているようだが、どこからか移築されたものかどうかも取材時は不明だった。
十八夜供養塔には宝暦三年(1753年)と刻まれている。徳川幕府では九代将軍 家重(いえしげ)が治め、海外では大英博物館設立された時期。

民俗学者・烏兎沼宏之氏は盲目の口寄せ巫女「オナカマ」の研究に生涯を捧げた人物である。彼の尽力によりオナカマの信仰資料は昭和59年、国の重要有形民俗文化財に指定された。ところがそれからまもなく、道路拡張にともない実家の巨大な庭石(氏の幼少時からあったものだという)を動かしたところ、巨石はオナカマが信仰する十八夜様の石碑だと判明したのである。碑をねんごろに祀ったところ、原因不明の不調に襲われていた細君があっというまに回復したという。石碑は現在も同敷地に残っており、氏の子孫が管理している。「偶然だよ」のひとことで片づける気にはなれない、奇妙ながらも信仰の奥深さをうかがわせる逸話ではないか。オナカマはまだ、我々のなかに生きているのだ。

1980年(昭和55)5月に、岩谷十八夜観音堂で山田ヨシノさんが神事として神降ろしを行なう様子。(写真提供/中山町立歴史民俗資料館)

オナカマ信仰とは

山形県村山地方と最上地方に住む口寄せ巫女のことをオナカマと呼ぶ。目の不自由な彼女たちが修行を重ねオナカマとなり、“神降ろし”や“仏降ろし”といった特別な力をもって庶民の信仰を集めた。中山町にある岩谷十八夜観音はオナカマたちの総本山として栄えた。

1965年(昭和40)年頃の岩谷地区。十八夜観音のお膝元に集落があり、当時25世帯138名ほどが暮らしていた。(写真提供/中山町立歴史民俗資料館)
現在は8月18日の例大祭でのみ岩谷十八夜観音堂が開堂される(2023年7月現在は道路の土砂崩れによって通行不可)
オナカマの神事や修行に用いられた数珠と木札。何万、何十万遍とお経を唱え厳しい修行を乗り越えて神通自在の境地に至ったのであろう。
岩谷地区の十八夜観音堂は、昔から目の病気をなおす仏神として信仰され、地元はもとより遠方からも多くの信者が参拝に訪れた。本尊の縁日が18日である。
8月18日の岩谷十八夜観音例大祭で勢いよく燃える大護摩。無病息災などを祈る火渡りの儀式が行われる。
例大祭をとり仕切るのは「法印」の資格を持つ山伏姿の岩峯さん。四方に矢を放って魔を祓い、火渡りの儀式がはじまる。

オナカマの信仰資料は国指定文化財に

1984年(昭和59)にオナカマや信者たちから篤く信奉されてきた岩谷十八夜観音をめぐる関係資料が国の重要有形民俗文化財として指定された。オナカマ研究の第一人者である烏兎沼宏之氏の著書によれば、この当時で現存したオナカマは10名ほど。かつては村山・最上地方の集落ごとに存在し、140人近くが宣託を生業にしていたという。町内や家族の困りごと、揉めごとの際にはオナカマを頼り、審判を仰ぐという習俗が昭和後期までは日常的に存在していた。

村巫女オナカマの研究を極めた民俗学者

烏兎沼宏之氏は教員を務めるかたわら、地域庶民文化の調査研究をライフワークとし、多くの郷土史資料を出版。邸宅内で発見された十八夜供養塔は、まさに御導きを感じさせる出来事だ。

岩谷十八夜観音の関係資料が展示されている中山町立歴史民俗資料館。烏兎沼宏之氏は同館の設立や展示にも深く関わっていた。
中山町立歴史民俗資料館のオナカマ資料展示室にて。黒木氏は幾度も同館を訪れているようで、職員の皆さんとも顔馴染みの様子。
中山町教育委員会教育課生涯学習グループ主査の横山夏樹(中央)さんと学芸員の左治木さん(右)をはじめ、職員の皆さんが展示品について詳しく解説してくださった。
オナカマが実際に使っていた「イラタカの数珠」。刺高とも書く。ムクロジの実をつないで作られ、間に獣の角や牙、貝殻、翡翠、古銭などの「カザリ」が挟まれているの呪術性に富んだもの。
岩谷十八夜観音は目の病気を治す神様として広く信仰を集めた。
オナカマが神や仏の託宣をくだすのに用いる「トドサマ」。病人の患部にこれを当てて治療を施した。
烏兎沼家の敷地にある「十八夜供養塔」と御堂。御堂の扉には日と月の刻印がされており、月と観音信仰にかかわる建物であると推察できる。

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